車づくり
 
フヂイエンヂニアリング 
 
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フヂイ エンヂニアリングは自動車を造れる工場になる!という明確な目的を持って2006年に創業しました。創業時は、何をどうすれば自動車造りが出来るのか、技術的に全く白紙でした。それなのに、どうして「スポーツカーを造る!」と公言していたのか?よく覚えていませんが、根拠希薄な自信というか勢いだけはありました。技術なし、道具なし、資金なし、ないもの尽くしのところから始まった、ぼくたちのものづくりですが、10年掛かってたくさんの経験を積み、技術も身につけ、仲間も増えて、出来る事、作れるモノが増えてきました。
しかし、まだまだです。造りたいクルマはたくさんあるし、もっと身につけたい技術も多く有ります。]この道のりは終わりが無さそうです。
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フヂイ エンヂニアリングの製作物 
 | AE86 レビンMR86 レビンM01F109カラスマクランサ
 
AE86 レビン
初めて本格的に取り組んだクルマです。
学生時代の親友のAE86レビン。思い出がたっぷり詰まったクルマ。
炎上して廃車の危機もありましたが、それからフレームの造り直し、チューニングエンジンの作製、ミッション・デフのセットアップ、たくさんの基本をこのクルマで学びました。
今も、このクルマはフヂエンにあります。これからも。
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MR86 レビン
AE86はどんなに速いエンジンを造っても、リアサスがリジットアクスルなのでコーナーのAPEX付近でアクセル踏むと、だらしなくテールスライドしてしまう。それが嫌で、思い付いたのが「ミッドシップにしちゃえばいいじゃん!」(笑)Bピラーから後ろのモノコックフレームを切り落として、パイプフレーム化して、AE101のエンジン&ミッションを横置きにして、そのまま積むエリーゼ方式を採用。これが意外に良かった。ノーマルのAE86では踏めないポイントでもしっかりとトラクションを得て前に進む。
大正解!このクルマのシェイクダウンは、鈴鹿東コースで実施したのですが、この時の鈴鹿サーキットの係員の方たちの「ドン引き」顔は今でも忘れられません(笑)
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M01
バイクエンジンのレーシングカーを造りたくて造りたくて仕方なくなって、
あまり後先考えずに造り始めたのがM01です。
どれくらいの予算と時間が掛かるのかも分からずに着手したため、
これのせいでフヂエンは傾きました。(笑)
初めて取り組んだ設計&製作の為、出来栄えには全く満足していませんが、たくさんの貴重な経験ができました。勢い余ってマレーシアのセパン24時間耐久レースにも参戦しましたが
、開始数時間でミッションブロー、その後はピットで修理大会(涙)、それも思い出です。
とっても大切な「失敗作」ですので、フヂエンガレージに保管してあります。
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F109
M01の製作後、何をすれば本格的なコンストラクターになれるのか、解らないままフワフワとした時間を過ごしていた頃、幸運にも童夢の創業者で日本のレーシングカー造りの神様の林みのる氏とご縁が出来て、「ちゃんとやりたいなら、童夢で自動車造りの基礎を学びなさい。」とスーパーFJの製作に取り組むチャンスを頂きました。
パイプフレームの治具の考え方、溶接の技法、設計の手順、スケジュール管理、あらゆる事が学びでした。

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カラス
2015年7月15日に京都で開催された林みのる氏引退式典「童夢の終わりと始まり」で展示するための2台のレーシングカー「カラス」と「マクランサ」の製作を、光栄にも取り組ませていただきました。
「カラス」は、1965年5月の鈴鹿 クラブマンレースに浮谷 東次郎選手のドライブでデビューウィンを飾った、林みのる氏の出発点になったマシンです。写真では真っ黒に塗られて判りませんが、史実に忠実に再現する!という理念のもとに、ピッカピカにレストアされたS600に鉄板ビスでノーズとハードトップを取りつけて、あとはガムテープで仕上げ!(笑)という由緒正しい方法で造られています。
当時も、東次郎さん所有の新車のS600に東次郎さん自ら鉄板ビスで穴をあけて、平田町の金物屋さんで買ってきたストーブ用の艶消し黒塗料をみんなで刷毛塗り!!したそうです。新車ですよ!!
もったいない!!でも、この逸話にも東次郎さんの人柄がうかがえますよね。

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マクランサ
上のカラスと、このマクランサ、実は同じフレームで、エンジンもミッションもサスペンションも同じです。驚きですよね。昔は、メインフレームにキャビンが載るスタイルで自動車は造られていましたので、キャビンを外してFRPカウルを乗せると、レーシングカーが造れるのです。
そんなおもしろいアイデアから生まれたのがこのマクランサです。さらに驚きなのが、
1967年当時、これを造った林青年はまだ22歳~23歳だった!
という事です。その才能とエネルギーに脱帽です。
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